情報プラットフォーム 2009年12月号 No.267

ぷらっとウォーク

高知のお宝、手結の跳ね橋

 

 孫の暖(ひなた)君は今3才を少し過ぎたところである。夕方、保育園に迎えて、山田のお家で、ばんばちゃんとかあさん(明日香)の帰りを待つのが通常の日課である。少し楽をしたいときには、高知龍馬空港の展望台に、布師田のJR基地に、美良布のアンパンマンに、工科大キャンパスに連れて行き、時間つぶしをする。

 

 今の彼の関心は、高知空港のJALやANAから、手結港の可動橋に移りつつある。初めて見に行ったときは、「線路がないに、踏切がどうしてあるが?」、「橋が上がったに、なんで船が来んが?」、「誰が動かしゆうが?」と質問の連発であった。

   

 「可動橋」、「跳ね橋」の検索で必ず出てくるのは、国内では、手結港の跳ね橋と勝鬨橋であり、国外では、アルルの跳ね橋とロンドンのタワーブリッジである。

 

 手結港可動橋(正式には高知県手結港臨港道路可動橋)が完成したのは2002年9月である。長さ32.8m、跳開角70゜、開閉時間6分 、そして建設費は21.3億円である。

 

 勝鬨(かちどき)橋は築地と月島を結ぶ晴海通りにあり、全長246mの橋の中央で両側22mが「ハの字」に開く跳ね橋である。東京万国博覧会開催を念頭に、最先端技術の粋を集めて建設し、1940年に完成した。完成当時は跳開橋として東洋一の規模であった。また、この橋には路面電車も走っていた。その後、隅田川を航行する船の減少、陸上交通量の増加により、1970年11月29日の開閉を最後に跳ねずの橋となっている。東京に住み始めた中2の頃、片道1時間を掛けて、この勝鬨橋の開閉を見に行った。開く速さに感動した。今調べると、角度86゜までの作動時間は1分だったようである。

 

 跳ね橋で思い出すのはゴッホの画いた「アルルの跳ね橋」である。モデルとなった橋は、南フランスのアルルの南西の運河に架かっていた。現存していないが、近くに再現されて観光名所となっているそうである。

 

 テムズ河に架かるタワーブリッジは高さ40mの石造りの塔2基の間に跳ね橋と吊り橋がある。跳ね橋が開跳中でも塔上部の吊り橋を歩いて渡れるようになっている。ロンドンのシンボルであり、観光スポットである。

 

 勝鬨橋では40年近くも動かしていないが、使わない変電所を改修して資料館とし、さらに装置や橋脚内の見学ツアーを行い、学習の場として有効に活用されていると聞く。

 

 日常的に稼働している数少ない手結の跳ね橋では、1時間ごとにライブ状態を眺めることが出来る。高知のお宝を有効に使わない手はない。機械室の見学コースも必要である。週日には学校の児童・生徒達の勉強の場に、休日には親子連れ、そして観光資源として有効に活用すべきである。香南市に限っても、野市風力発電所、のいち動物公園、四国自動車博物館、絵金蔵など、また近隣の企業の工場見学も含めて、有機的に連合体を作れば、広域連携科学館はほとんど出来ていると言って良い。高知県には科学館がないと嘆く必要はまったくない。国道55号線からの、ヤ・シィパークからの誘導案内を置きたい。また、跳ね上がれば立て看板のように見える路面に、巨大なキャラクターを描きたい。さらに、発想を転換して、年齢ごとに斜度を変えてのよじ登り大会を開催出来ないだろうか。

 

 以来、暖君は「じじ。ここは跳ね橋と違うが?」と渡る橋ごとに聞いてくる。跳ね橋に模した積み木を「カンカンカン」と言いながら上げ下げしている。

ご感想、ご意見、耳寄りな情報をお聞かせ下さい。鈴木朝夫<s-tomoo@diary.ocn.ne.jp>